1+1=2になるという当たり前の図式じゃなくて、その答えが3にもなれば、4にもなる。そんなふうに予想もつかない展開や面白さがコラボレーションの醍醐味のひとつだとしたら、馬場俊英の通算18枚目にあたる最新作『ステップ・バイ・ステップ』は、まさにそれによって生まれる音楽の楽しさを見事なまでに体現しているコラボレーション・アルバムだ。なにせ一聴しただけで、何かが新たに生まれてくる時に感じるワクワクした感覚や、レコーディング中に飛び交っていたであろう笑顔までが優に想像できるくらい、音楽をとことん楽しんでいる様子が伝わってくるのだから。

 今回、馬場と見事なコラボレートを見せてくれたアーティストは、伊勢正三、根本要(スターダスト☆レビュー)、KAN、SING LIKE TALKING、加藤いづみ、玉城千春(Kiroro)、池田綾子、光永亮太、森大輔という豪華な顔ぶれ。馬場自身、彼が敬愛する先輩アーティスト、同世代のアーティスト、後輩アーティストといった多彩なアーティストたちとの共作や共演は心底楽しかったようで、その溢れんばかりの想いが素直にアルバムに表出しているのも当然といえば当然の話。それは、これまでもイベントやライブなどを通じて、様々なアーティストたちとの音楽的交流を大事にしてきた音楽人・馬場俊英のスタンスが生み出した賜物である。

 そもそも今作を制作するに至る衝動は、2016年に遡る。その年に開催した馬場のデビュー20周年記念コンサートにゲスト参加した伊勢正三と披露した「幸せの坂道」を世に出したいという思いや、毎年大阪で開催しているライブ・イベント‟風のハミング”で歌うことを目標に同年、根本要と作り始め、たまたま作業が止まっていた曲を完成させたいという気持ちから端を発し、それらが今回のコラボレーション・アルバムの制作へと繋がっていった。「もともと他のアーティストと音楽的なコミュニケーションをとることは大好き」だと言う馬場。学生時代に音楽に衝撃を受けた時から様々なバンドを組み、仲間と何かを生み出すことが好きな根っからのミュージシャン体質なだけに、そこに彼のコアな部分にあるバンドへの憧憬や思慕も手伝って、誰かと何かを一緒に成し遂げたいという気持ちが今作の制作へと向かわせたようだ。

 結果、森大輔と今回が初顔合わせとなった池田綾子を加えた3人のコラボレーションが楽しめる「ステップ・バイ・ステップ」では、これまでの馬場の作品にはないバトンリレーのように展開していく3人の歌やユニゾン、三声のハーモニーなど、色々な表現を魅せた歌物語を聴かせたり。カントリー・フレーヴァーが香る「Maybe Tomorrow」(ボーナス・トラックの「明日のほうだよ」の英語ヴァージョン)では英語詞に初チャレンジし、英語詞を担当した光永亮太と共に大らかな歌を響かせたり。女性シンガー(「ありがとうをあなたに」では玉城千春、「天国でもう一度マリーミー!」では加藤いづみ)とデュエットをしたり。また、自身の楽曲では別れのラブソングしか書いたことがないという伊勢正三が馬場をイメージしてハッピーエンドの歌詞を書いた「幸せの坂道」では、いつになくソフトで優し気な歌声を聴かせたり。さらにSING LIKE TALKINGとコラボレートした「さよならシティライツ」では、アレンジの藤田千章、ギターの西村智彦、ヴォーカルの佐藤竹善とのそれぞれの化学反応を楽しんだ。またクリエイティヴな発想を互いにぶつけ合ったKANとの「K点を超えるなら靴擦れを直せ」や、根本要とバンド感を放射し合った「同じものを見ていた」など、十二分に楽しめる内容なのだ。

 各アーティストとコラボレートをする中で、馬場が心掛けたことはそれぞれの個性を尊重すること。ともすると、自身のアルバムだけに頭の中で描いた綿密に練られた独自のサウンド・スケープを優先してしまいがちだが、そこは今回に限り、共演者や共作者の感性を積極的に取り入れ、意見を交換し合い、波長を合わせながら作り上げることを楽しんだ。それは松浦晃久、五十嵐宏治、藤田千章、神佐澄人といった参加アレンジャーたちとのコラボレーションも同様で、よっぽどのことがない限りは口を出さず、出来上がってくる作品を大事にしたという。そして、参加したアーティストやアレンジャーたちそれぞれが注いだパッションを信じた結果が、こんなにも歌心のある心地よいアルバムを生み出したのである。

 そんな親密なコラボレートで誕生した今回の『ステップ・バイ・ステップ』は、まるで“歌で綴られたオムニバスの短編ドラマ”のように映像が鮮明に浮かんでくる。そんな幾つもの制作過程でのアイディアやエピソードを含めて、名実ともにドラマティックな1枚となったといえるだろう。

 他のアーティストの血が入り、彼らそれぞれの音楽に対する文脈に触れたことで、馬場俊英にどんな刺激がもたらされるのか…。それはこのアルバムを引っ提げてのツアーにも引き継がれていくことになる。前半がアコースティックツアー、後半はバンド編成に日替わりゲストを迎えたコラボレーション・ツアーを予定。そこからも新たな表現を希求している馬場の意欲が伝わってくる。アルバムとツアーを通し、今回のコラボレーションで得た音楽の宝を今後、彼がどう磨き、輝かせ、活かしていくのか。それがとても楽しみであり、大きな期待で胸が膨らむばかりだ。 2018年9月  大畑幸子