坂本美雨/
birds fly

──これは「FOLKY HOUSE」から最初のリリースとなるアルバムですね。

新羅さん（レーベルオーナーの新羅慎二氏）とアルバムの構想を練っていたときから「室内楽」というコンセプトがありました。部屋のなかで演奏しているあたたかみやリアルな感覚、親密さのようなものを大切にしたいねと。このレーベルは、そういった人のぬくもりを伝えていける場所なんじゃないかとか、今は音楽がハイスピードで消費されていく時代だけど、そっと人に寄り添って、長く聴いていただける音楽を、じっくり伝えていきたい……そんな話をしました。

──そのコンセプトに、自由学園明日館という場所がぴったりだった？

はい。クローズドで神聖な空気のある場所です。自由学園明日館には、去年からライブ会場として縁と魅力を感じていました。

──そのライブ企画のお相手がまさに、今回CoProducerとして参加されているピアノの平井真美子さんでしたね。

真美子ちゃんとはここ何年か一緒にライブをやっているんです。ふたりで一枚アルバムを作りたいと打診したのは今年の1〜2月だったと思います。そこから製作を開始して、1日リハーサルして、レコーディングじたいは4月に行いました。

──えっ、リハーサル1日、本番1日で終わりですか？

はい（笑）。正確には、リハーサルの前に1日練習日がありました。直前にチェロの徳澤青弦くんに入ってもらったので、そこで初めてあわせたのかな。ただその日はまだ全然曲が固まってなくて、「このへんでチェロ入れたいけどどうしようか？」みたいに探っていく時間でしたね。その後のリハーサルは、今回収録場所が明日館という、いわゆるレコーディングスタジオではないところなので、音響や場所のつくりが近いお寺を使ってやりました。映像も撮ることになっていたし、当日の収録のシミュレーションをメインに行いました。そもそも生音で3人の音を一斉収録するのは可能なのかどうかも、その日に検証しました。その傍らで、3人の音楽家たちは、音を出しながら方向性を固めて。その場で歌い出しを変えたり、曲を書き換えたりしていました。

──不確定要素が多すぎて衝撃です。その次がもう本番ですもんね……。6曲の一発録りを1日で、というのも、とても終わらないんじゃないかという気がしてしまうのですが。

かなり難易度の高い方法だと思います（笑）。でも、無事に形になりました。

──『birds fly』を聴いていると、平井さんのピアノが無数の水の粒で、美雨さんのボーカルが風となって水滴を踊らせていて、その下で徳澤さんのチェロが大きな器みたいにその現象を支えている……という絵が浮かぶのですが。

それはまさに3人の関係性そのものです（笑）。青弦は本当に「見守り隊」。ここは引いたほうがいいとか、そこはまだボーカル入らないほうがいいとか、付き合いが長いこともあってビシッと言ってくれるんですよ。それによってより一曲一曲がクリアに見えてきて。インプロでふわっとやるよりも、決めていったほうがより強いものになるんだということを、今回彼に教えてもらいました。

──このアルバム、一発録りではあるけれど、聴いているといわゆるライブ盤とは違う印象があります。何が違うんでしょうか？

ふたつ理由があると思います。まずこのアルバムは1回のテイクですべてを同時収録し、音を重ねたり編集することはしていません。ですが、通しで6曲録っているわけではなく、1曲につき3〜4回はやっていて、そのなかで「これはいけたね！」と思ったものを収録しています。

──ライブ特有の「通しの空気」があるわけではないんですね。

はい。そしてもうひとつですが、この音楽が観客に向けられて演奏しているものではない、というところがとても大きいと思います。ライブだと、聴いてくれているお客さんたちがいて、その人たちに対する「ようこそ！楽しんでいってね！」 という気持ちが入るので、まったく違った歌いかたになります。今回は、真美子ちゃんと青弦と私の3人が、お互いのことしか考えていない儀式のような空間で生まれた音楽なので。自分が自分ではないような、エネルギーを通す筒や管のような感覚のなかで歌っています。

過程にある美しさを伝えたい

──今回、映像を同時に撮影されているというところにも大きな意味がありますよね。ライブとはまた違うけれど、見ている人も一緒にその空間に居ることができているような。

どちらかというと、この映像はドキュメンタリーですね。室内楽ができあがっていく過程をおさめたもの。できあがったものと等しく、そこまでの過程が大事なのだということを残したかったんです。今の時代において、人が目の前で何かを作っていく過程、人と人が、目に見えないものを伝え合い、感じ合うことで紡がれていく様子を残していく。その大切さ、尊さが、伝わる人には伝わるんじゃないか、という思いがありますね。

──映像は音よりも情報量が圧倒的に多いですからね。「これはいけたね！」と3人が通じ合う瞬間が納められているわけで……。

明日館という場所の美しい佇まい、差し込んでくる光、そのなかで集中して音を生み出す真美子ちゃんと青弦の美しさを、とにかく見て欲しい（笑）。没頭している人の姿って素晴らしいんだなぁと惚れ惚れしてしまいます。私は、歌っている自分の姿を見るのがあまり得意ではないんですけど、それでも今回は、自分の集中のしかたや、吐息の使い方、手足の動かしかた、力の入れかたなど、全身運動としての歌を、その表現のしくみを映像におさめていただいたなぁというありがたい気持ちが強くあります。

──この、過程のなかに美しさを見出すのは、とても日本的な感性のように思います。

たとえばアメリカや韓国のエンターテインメントには、完璧なものを目指して作り込んだり、ソリッドな表現を追求するところがあるように思いますが、日本はそうではなくて、過程や、そのなかにある揺らぎを大切にしますよね。「不完全なもののなかにある美」に対する理解があるなと感じます。未完成であること、余白があることに、美しさや色気を見出す文化がある。逆に、パキッとしたエンターテインメントはそんなに上手に作れないところがあるかもしれません（笑）。

──未完成な状態を成熟していないものと捉えることがありますが、決してそんなことはないですよね。

むしろ揺らぎや余白はすごく人間的なもので、それがあると人は寄り添い合うことがしやすくなります。今回3人で「これはいけたね！」と思えたテイクに、間違いがまったくなかったかというとそうとは言い切れない。でも、それを上回るブレない強さのようなものがあって、それは3人に共通していました。同じ空間で寄り添い合うような「室内楽」というテーマには、この揺らぎのある、完璧に編集されていない作風がとてもフィットしていたなぁと思います。

──今の時代、「正解は？」「効果を出すための最短距離は？」といったことに関心が集まっていて「間違えてはいけない」という空気を感じます。そこに多くの人がきっと息苦しさを感じていて……だからこの音楽はとても救いになるんじゃないでしょうか。

ひとりひとりがこんなにシビアな選択を迫られる時代がかつてあったのかな、という感じですよね。みんな本当につらいことが多すぎると思う。そういうときに、息が詰まるその現実だけが本当のことではない、というか……もっと根源的に「生きていてよかった、幸せ」と思える世界があるんだよということを示したいです。
ちょっと間違えていても、圧倒的に息が合っていたり、目線も交わしていないのに通じる瞬間があったり、説明のつかない美しさがこの世にはあって、それこそが本当のことなんだと伝えたい。それは今回のアルバムに限らず、私の中にずっとある思いなんです。

© Kosuke Mae