世良公則 featuring つるの剛士「いつものうた」

もう既に遠く懐かしい想い出のように感じられる2015年の真夏のYOKOHAMA。
横浜が何故横文字なのかの理由は次回に書くとして、
埠頭から対岸に見える東京は立込める雨雲の下で豪雨と稲妻が走っていた。
東横線の渋谷駅を冠水させたあの雨雲がもうすぐ俺たちの処にもやって来る。

「お疲れ様でした!」
ラストテイク後の俺の声にスタッフの拍手と歓声が上がる。
その日の皆の苦労に対するご褒美の様に美しい夏の一瞬の夕暮れが消え去り、
灼ける夜の帳の中で機材を撤収していた俺は、実は内心かなり凹んでいた。
予定していたカット数の半分も撮影出来なかった。
画コンテ用紙で撮影済の×印があるのは全体の3割位。撮れ高は約30分位。
素材量が足りない気がする…。

そして…、
確実にフィルムは回っていたのだろうか?
はたして画は無事に撮れているのだろうか?
先を読んでもらえると、この時の俺の悩みを少しは理解してもらえると思うけど、
この悩みの種も実は俺が蒔いたのだった。

何故よりによって「世良公則」という希代のロックアーティストとの
初めてのMusic Video(以下MV)撮影でこんなにもプランが上手くまとまらないのだろう…。
気合いが入り過ぎて空回りしているのか!?
それとも俺は今年の夏は運気が低いのか!?

2015年6月末。撮影の約5週間前。
アルバムとシングルのジャケットとアーティスト写真の撮影現場に立ち会った。
お二人とは初対面。
「おぉ!本物の世良公則だ!」俺の青春時代のブラウン管の中のロックスター。 「おぉ!本物のつるの剛士だ!」確か俺と同郷なんだな。笑顔が素敵なナイスガイ。 二人の醸し出す雰囲気が撮影現場でとても心地よい。

「二人ともすっげぇカッケーじゃん!よっしゃ、俺も頑張るぜ!」

二人は次々にポーズを取っている。クールでいて自由。
ギター片手に白のストレートマイクスタンド。モノクロの写真。
写真はこれでバッチグーだな。
そして世間が求めている映像のイメージもこれなのかもしれないなぁ…。
でもそれだったら俺以外のディレクターの方が得意かもしれん。
奥田民生が書いた歌詞とメロディーで、MVの監督が俺、
ならば自分なりのアプローチで行こう…。
なんせ民生繋がりで俺は今日この場に呼ばれて居るのだから。

広島出身の奥田民生が広島出身の世良さんのために書き下ろした「いつものうた」。
録音もミックスも奥田民生ゆかりのチームで行われた。

デモテープを聴いた。タイトルには「いつものうた」とあった。
民生らしい遊び心満載の素晴らしいロックチューン。
彼の創る楽曲の持つ独特の世界観が映像にも求められていた。
そこで、MVの監督として、
ユニコーンや奥田民生の映像を監督した事がある俺に白羽の矢がたったのだった。
それは光栄な事だ。しかも「世良公則 featuring つるの剛士」!
相手に不足があろうはずはない。

不足があるとすれば唯一制作費だったが(笑)、それはいつも世の常でもある。
何を作るにもバジェット(制作費)の悩みは付いてまわる。
アイデアは無限大でも制作費は予算内に収まるようにしなければ企画は実現出来ない。
こうして俺の2015年の少しだけ早い夏休み絵日記の日々が始まった。

7月上旬に考えた最初のコンセプトは「ニアミス」だった。
世良さんとつるのさんのお二人には「さすらい人」としてアクターに徹してもらおう。
まだ出会っていない二人は実はいつも街の至る所でニアミスをしていたのだ。
結果的に最後にお互いは必然的偶然で出逢うことになる。
アメリカンニューシネマかインデペンデント系ロードムービー風。
浮かんだ衣装のイメージはグランジかダメージ。

今作は予算的には無理を承知で16mmフィルムで撮りたかった。
幸運にも制作スタッフの尽力で
知り合いのカメラマン私物のBolex16mmカメラを貸してもらえる事になった。
Bolexは、「ボレックス」と言って、ENG(エレクトリック・ニュース・ギャザリン)に代表される
ゼンマイ式でバッテリー無しでの撮影を可能にしたとても愛嬌のあるフィルムのムービーカメラ。
MV初打ち合わせの席で、俺のつたないプランが殴り書きで書かれた企画書を読んで
世良さんは「うん、Bolexね」と小声で言って頷いた。少し唇の端が上がったように見えた。

今回はTVドラマや映画の様に街中で大掛かりな撮影は出来ない。
少人数の撮影スタッフしかいない。
さすがに「世良公則」と「つるの剛士」を
都会の賑やかな街中でフリーで芝居をさせるわけにはいかない。
現場が大パニックになって撮影どころじゃなくなってしまう。

そこで、ロケイメージを都会ではなくどこか昭和の香りのする
少しさびれた”いなたい”場所に変更してしてロケハンを行うも、
気に入った場所は撮影許可が取れたり取れなかったりで、撮影場所が複数になり移動時間の心配も。
二人のスケジュールが合う撮影日はたった1日しかない。その日がもし雨だったらドースル?
Bプランが必要だった。

MVの初回プレゼン打ち合わせで自分の中で少し葛藤が生じていた。
世良さんは“ライブの一期一会”を一番大切にして活動して来たので、
今まであの伝家の宝刀とも言えるマイクパフォーマンスを記録したビデオを
ほとんど撮って来なかったとのこと。
マヂっすか!?それは驚愕の事実!それはイカンです!
邦楽ロックのレジェンドは記憶だけではなくきちんと記録されるべきだ。
ならばならば、それを今こそこの機会に俺が記録すべきではないのか!?

最初の”否定”を否定しなければならない。
リップシンクのマイクパフォーマンスはさりげなく入れようかな。
自分の心の中でコンセプトに変化が訪れる。

Bプランを考えたのは7月9日。
コンセプトは「ふらふらとゆらゆらと」。
よくよく観ると実は至る箇所に逆回転編集が施されているというアイデア。
ハウススタジオとその近くのオープンでの撮影。
アイデアは良くも悪くも色々な意味でユルユルの方向に向かい始めた。
もしかして逆回転モノは案外イケるんじゃない?
世良さんが狙い澄まし投げたケーブルがアンプのジャックにパシッと差さる!
何て事はない、アンプに差してあるジャックを引き抜くところを撮影し、
それを編集で逆回転にするのだ。
世良さんが運転するバイクが後ろ向きに走っていく…とか。
世良「俺、今はバイク乗らないんだよね」
板屋「…。」

他にも、
パフォーマンス途中に何本もギターを持ち換える…、
パフォーマンス途中で画面から外れマイクスタンドや色々なモノを持って戻って来る…、
一つのギターを世良さんとつるのさんが二人一緒に弾く…とか。

この撮影は思ったよりも大変かも。おそらく1日では撮り切れないだろう。
そして何よりも「いつものうた」の持つ世界観が失われようとしていた。

MVで二人をからめてLip Sync Performanceを表現すべきか否か?
DVDの特典映像として、
スタジオでのLip Sync Performance一発撮りVer.を入れる事を提案してみるのは現実的か?
どうやってレジェンドを記録すれば良いだろう…。

この頃、雲行きが怪しくなって来た。
予算的にやはりフィルムでは撮れなさそうだ。スタッフが俺を説得にかかる。
アイデアを実現させて予算内に収めるにはビデオカメラ撮影にしなければならない。
それは薄々自分でも気が付いていた。

ドースル?
フィルムではなくてビデオにするか…。
今回一番大切にしていたのは何だ?
考えろ!考えろ!考えろ!

ドリーミュージックでの最初の打ち合わせで
「おぉ!Bolexね、うん」と小声で言った時の世良さんのあの表情が心に焼き付いている。
少年の心を持つ大人の男の少しはにかんだ笑顔。
約束したわけではないが、それは約束したのと同じことだ。
フィルム撮影にはマジックがある。時として撮影現場に魔法をかける。

Cプランが必要だった。
撮影場所は一カ所に絞ろう。
そして当日が雨でも対応出来る場所であることが必須条件だった。
お二人の私物の大切な楽器類を雨に濡らす事は出来ない。
横浜の埠頭の倉庫で撮影する事にした。
その代わりフィルム撮影をキープ。
用意するフィルムは400フィート6本、これはビデオに換算すると大体60分強相当になる。
撮影時間は朝から日没までのお天道様頼り。

Cプランのアイデアはこんな感じ。
横浜にある倉庫の屋上で相対する世良公則とつるの剛士。
まるで港町でのタイマンかウエスタンのガンマン対決のような雰囲気。
相対する二人が同時に取り出したのはBolex16mmカメラ。
これでお互いを撮りながらパフォーマンスする。

しかし、またまた問題が。
当然二人が撮り合うのだからカメラは2台必要だ。
そしてその二人を客観的に撮るメインカメラも必要になる。
用意するBolexは3台に増える。つまり予算も増える。
本人達にBolexカメラを持たせて自由に撮るためには
フィルムは100フィート巻のスプールにしなければならない。
400フィートのマガジンを装填すると大きく重くなり、とても手持ち撮影は出来ないからだ。
100フィート巻スプールで撮影出来るのは3分半。
しかも用意出来た3台のうち1台はバッテリーではなくゼンマイ(バネ)駆動式だった。
ゼンマイでは一巻き一回につきせいぜい30秒しか回らない。

Cプランに改良を加える必要がある。
フィルム撮影を実現させるために、用意するフイルムを大幅に減らす事にした。
10分間撮影出来る400フィートを2本、100フィート巻を数本。
そして撮影時間も朝からではなく13時から日没までにした。
撮影場所も時間貸しなので撮影時間が短くなれば少しは予算も削減出来る。
ウエスタンスタイルは諦めて、お互い交互に撮り合うプランに変更した。
MVを見てもらうと分かるが、世良さんもつるのさんもカメラファインダーを覗いてない。
昨今のビデオカメラの様に液晶モニター画面はない。つまり大体の勘で摂っている。
「カット!」俺はスタッフに訊ねる。
「どう?カメラは回ってた?」「今回はどこまで撮影出来てると思う?」
4分半の曲に対して最大3分半しか回せないカメラ。
しかもちゃんとフィルムが回っていたのか現像するまで分からない。

二人の関係の設定は「ハマの兄貴と弟分」に変えた。
格好つけないことの格好良さ。いつまでも色褪せない少年の心。

そしてここで俺に欲が出た。頭がスパークしてアイデアが炸裂した。
今のスタイルのベースとなったDプランが閃いた。

リアカーにギターやアンプを積んで港に運ぶつるの剛士。
放浪の旅に出ていた兄貴分の世良公則がどうやら街に帰って来た。
つるののハートがそう感じる。絶対間違いない!と。
来た!
伝説のマイクスタンドを手に、やたらに長くて重そうなケーブルの束を
肩に担いで倉庫街を歩いて来る世良公則。
世良公則がギターかマイクのケーブルの先を投げる。
鞭のようにしなりアンプのジャックにパシッと差さるケーブル。
曲が始まる。
倉庫の4階の踊り場から世界に向かって唄う世良。
そのマイクケーブルは地上にまでぶら下がっていてそこに置いてあるアンプに繋がっている。
そのアンプの横でつるの剛士がギターを弾きながらハモっている。
二人は合流してリップシンクパフォーマンス!
ラストは屋上で大の字になって横たわっている二人。
天候状況次第でドローンを飛ばそう!

ギターとギターケース、アンプ、そして伝説の白いマイクスタンド等は、
お二人の私物を使わせて頂いた。
こちらで用意する主な小道具は、
倉庫4階から地上まで届く50メートル位の長い特注ケーブルと渋く古びたリアカー。
これならイケる!

調子に乗った俺は、撮影前日の夜に自宅で
A4サイズ1枚に6コマのマスがある画コンテを5枚一気に描き上げる。
そして深夜にコンビニに行き、スタッフの人数分コピーした。

案の定、それはさりげなく、そこはかとなくストーリー仕立てになっていた。
撮影時間は午後から日没までしかないのに、撮影カットが多すぎる!
撮り切れねーよ!毎度毎度何回同じ過ちを繰り返すのか?
いい加減気付けよ、俺!

撮影が始まった。
そしてオープニングカットからいきなり問題が…。
ロケハンの時に「倉庫のこの扉は開きますか?」と聞いたら「ええ、開きますよ」
撮影日にリハーサルで開けてみたら何と手動で開き切るまで10分位かかる…。
これじゃフィルムいくらあっても足りない。10分のフィルムは2本しかないんだぜ。
んで、どうしたかはMVを観てくれたらわかるかな(笑)。

この後も撮影では衝撃、いや笑劇の事実が次々と起こる起こる…。
まぁ、それもまた次回に(笑)。

世良さんもつるのさんも撮影はノリノリでやってくれた。

パフォーマンスのワンテイク目が終了した時にスタッフから拍手が起こった。
「フィルムチェンジです!しばらくお待ち下さい!」とスタッフの声。
それを聞いたつるのさんは笑顔で
「これこれ、懐かしい!ウルトラマンダイナの撮影の時を想い出すなぁ」
その横で俳優の世良さんが優しく笑う。

MVの中で本人達が撮っている画は正真正銘その本番時に撮影されたものだ。
センスが良いのだと思う。
ファインダーも覗かずに大体の勘で撮っているのにとても構図が良い。
そして、心底お互いを信頼して楽しんでいる表情が写っている。
俺たちがカメラだったら絶対にこうはならなかっただろう。

福岡出身のつるの剛士さんが世良さんと知り合うきっかけは「銃爪」だったそうだ。
福岡出身の俺が大学生の頃のカラオケの十八番も実は「銃爪」だった。

紆余曲折の末「いつものうた」は今の姿になった。
皆様のお手元にある「いつものうた」のMVは、なるべくしてそうなったのだ。

撮影途中に雨が降ったけど、その日が1日中雨じゃなくて良かった。
フィルムにこだわって全日の撮影を午後からの半ドンに減らして、
晴れますようにと祈った当日は曇りでピーカンじゃなかったけど、
もしフィルムをあそこで諦めていたら、
「上手く撮れてるかな?」「さぁ、開けてみてのお楽しみですね」
みたいに現場で皆あんなにワクワクしなかっただろうし、
もしピーカンだったら炎天下の埠頭の倉庫の上は暑くて
気力体力共に途中で全員バテバテになっていただろう。

みんな汗だくになったけど、それはきっと丁度良い「塩梅」だったのだ。
悩みの種は見事に実り、収穫は豊作となった。
そして俺の2015年の夏休み「いつものうた」絵日記は笑顔で溢れている。

特典DVDに収録されている「いつものうた Music Video B面」は、
アナログの極みのBolexとは真逆の
RED EPIC—M MONOCHROMOという最先端のデジタルカメラで撮影されている。
それは白黒(モノクロ)専用に開発されたプロ用高性能カメラで
そのカメラでの映像は何と今作が日本初公開!
「何かの役に立つかも」と本作のDP(撮影監督)の磯貝氏が正規代理店から借りて来てくれた。
最後にそのカメラでワンテイクだけ撮影した。
そしてそれが「Music Video B面」になった。

でも…、
B面で二人の後ろに登場する豪華客船の貸し切り料が一番高かったなぁ…なんちて(笑)。

監督 板屋宏幸